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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.233 故郷の海

多摩川縁の銀杏
「河川敷の銀杏」水彩 F6



 房総半島の富津岬の太平洋側にある大貫町が私の故郷である。高校2年までここで過ごした。15年ほどだけれど、幼少期の自分にとっては決定的な体験をここで味わって育ったのだと思う。この内房の海が私の故郷なのだ。
 その後東京に越して転々として、今は所沢の狭山丘陵に終の住処を構えている。ここは内陸部でそれなりに緑が多く住み良いところだけれど、時折海辺に絵を描きに出かけて潮の香を嗅ぐと、キラキラと輝く幼少期の思いが胸いっぱいに溢れて、ああ海辺に住みたいと必ず思う
 数キロに渡って続く広大な松原や砂山、その向こうに広がる青い海原、吹き渡る潮風、大空に高々と舞う鳶、そんな大空間の中で過ごすのがどんなに幸せなことだったか、それを知ったのは東京に越してからだった。
 
 大田区の交通の激しい道路沿いの木造アパートの二階が我が家だった。狭い我が家を一歩出ると、そこは密集した住宅街で、歩いても歩いてもどこにも身の置き所がなかった。喫茶店とパチンコ屋、食堂に入るお金はなかったし、そうしても大した慰めにはならなかった。ノイローゼになっていた。
 近くの銭湯に行く。風呂上がりの休憩所は広くて緑の少しある中庭に面していた。そこで涼んでいると気持ちが少し安らいだ。
 少し経ってから、1キロほど南に多摩川が流れていて、土手を超えると広い河川敷が広がっているのを知った。散歩をする人や野球をする人たちがいた。対岸の河原でトランペットの練習をしている。その頃流行ったニニ・ロッソの「夜空のトランペット」の練習をしていた。
ここで散歩をするようになって、私はようやく救われた。

 海が恋しくて一時期会社の同僚と海釣りによく出かけた。絵を描くようになって、最初にスケッチに出かけたのは海辺であった。

 そんな故郷の海が恋しくて書いたのが「座礁船」だった。幼少期のキラキラとした宝石のような思い出をここに書き留めたかった。








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脇 昌彦

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水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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