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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.197 シュメール文明と縄文文明

奥名栗の渓流「奥名栗の渓流」P15 水彩


 縄文文明が世界の考古学者から脚光を浴びているらしい。日本列島で紀元前1万五千年〜一万年以上も栄えたという。数々の遺跡から発掘されている火炎土器、水煙土器の洗練された造形は文明という名に値する。漆塗りの土器や竹籠も発見されている。狩猟だけでなく栗、ヒョウタン、ゴボウ、マメなどの栽培植物が出土したという。青森の三内丸山遺跡は重層的に遺跡が重なっていて、同じ場所に数千年定住していた。狩猟採取をして移動し、定住しなかったというこれまでの定説は全く通用しなくなっている。
 最近、北米大陸内の最古と言われる遺跡からモンゴロイドの糞石が見つかっている。縄文の人たちが海伝いにここに渡った証拠ではないかと言われている。この縄文時代は世界の四大文明の発祥より数千年も遡る。

 世界最古の文明はシュメール文明と言われている。紀元前三千八百年頃からメソポタミヤで栄えた文明だ。このシュメール人は謎の多い人たちだ。その地に突如として出現して高い文明を築き、あの洗練された楔形文字を作り上げた。粘土板に刻まれた大量の文書が発見されている。すでに詳細な解読が行われていて、そこにはノアの箱船やバベルの塔の旧約聖書の話が書かれているという。この楔形文字がギリシャ文字、アルファベットの原型になったという。
 高度な天文学を持っていた。25.800年の地軸の歳差周期を正確に計算していたという。法律を作りそれによる国家体制を築いた。よく知られるハンムラビ法典より三百五十年も古い世界最古の法典ウル・ナンム法典を作った。また大きな船を作り航海術に長けており、広く交易をしていた証拠がある。インド洋を超えて東南アジアとも交易をしていたらしい。
 このシュメール人とは一体何者か?という議論が長い間行われている。東方から来た海の民という説がある。のちに地中海世界を支配したフェニキア人とその帝国カルタゴもシュメールの末裔らしい。トロイやギリシャもフェニキア人の作り上げたものだという説もある。
 エジプト文明はシュメールより4〜5百年遅れて発達したが、シュメールの影響を強く受けていると言われている。エジプト古王朝のクフ王の坐像が大英博物館にある。その顔はまさにモンゴロイドかネグロイドだ。
 インド洋を隔てたインダス文明もシュメール人が作ったという。古くから海を介して密接に交易をしていた。シュメールの植民地だったのかもしれない。
 最近面白いものを見つけた。太平洋の絶海の孤島イースター島の謎の文字ロンゴロンゴが、インダスの文字と瓜二つだったことが発見されている。両者を比較した図を見たけれど、ほとんど同じものだ。シュメール人は驚くほど広く世界に広がっていたのかもしれない。
 シュメールの古代象形文字が次第に発達して、一千年ほどして洗練された楔形文字になったのだが、その初期の古代文字とよく似た岩刻文字が最近アジアで多く発見されているという。特に近年日本の各地から相次いで発見されて話題になっている。
 古代人は今考える以上に高度な文明を築いて、世界中と交流をして移動していたらしい。国境のある現代は案外不自由なのかもしれない。日本の旧石器時代の石鏃や石ナイフの原料の黒曜石は驚くほど遠隔地から運ばれていたという。ローマから日本まで来るのに半年〜1年しかかからないそうだ。無論逆も真なりだろう。
 このシュメール文明よりはるかに古い文明が縄文文明なのだ。しかも1万年以上も続いている。
日本人は文明は外から入って来るものという思い込みが強い。西洋文明中心の教育で洗脳されているせいだろう。縄文文明がシュメール文明の母だという発想もあっていいのではないか?私はそう思いたい。シュメール語と日本語は其の言語構造がよく似ているという話もある。シュメール人はモンゴロイドだったという人もいる。

歴史は面白い。




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脇 昌彦

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