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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.174 時代の流れ

市民農園 「市民農園」F6 水彩


 田圃には蛍が飛び交い蛙が鳴き、泥鰌がいた。田舎道には牛車が走っていた。ボンネット型の乗り合いバスは一日に4本しか走っていなかった。乗用車はほとんど見なかった。ときおり走しると見物人が集まる。車を買う値段で家が一軒買えた。
 電気製品は裸電球とニクロム線の電熱器、木製のラジオ、手回しの共用電話しかなかった。通学はC51の機関車に乗って行った。電車もヂーゼルカーもまだなかった。吉幾三の「俺らさ東京さいぐだ」そのままだった。それはほんの60年前のことだ。
 正月に酒を飲みに来た父の同僚の話を聞いていた。
「駆逐艦が魚雷にやられて沈没して海に投げ出された。浮遊物に捕まっていると、味方が爆雷を落とす。爆発するたびに腹が痛くて死ぬ思いだった」
と言う。幸い助けられて帰国したのだ。
 あ〜大昔に戦争が有ったんだ!と思って聞いていた。しかし今考えると敗戦後7〜8年しか経っていなかったのだ。ちょっと前の話だった。子供の時間は長が〜く、大人になるほど時間はどんどん短くなる。

 それから時は流れ、テレビ、電気洗濯機、炊飯器、クーラー、オートバイ、自家用車、ディーゼルカー、電車、旅客機、計算機、携帯電話、パソコン、スマホ・・・・・と瞬く間に世の中に満ちあふれた。
便利な道具を作るとそれによって人が変わり、世の中も変わって行く。あの吉幾三の唄の世界はもう探すようだ。

 その流れに否応なく巻き込まれて、息せき切って漸く生きてきた。その埒外では生きては行けない。抵抗しても無駄な気がする。この壮大な人間世界の流れは、誰にも止められない。大自然の摂理なのだろう。

自然保護というと無意識に人間を除外しているけれど、人間は立派な自然でこの大繁殖も自然の摂理なのだ。

ある時水槽の絶滅危惧種のミヤコタナゴを覗き見ていて、ふと気づいた。覗いている私は過剰繁殖危惧種だった。





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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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