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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.159 中村屋のカレーライス

釘無橋「釘無橋」F6

 田舎で子供の頃に食べたカレーライスは、黄色い糊だった。そこにブルドッグソースをかける。半分はソースの味だ。それがカレーライスだと思っていた。インド料理ということすら知らなかった。
 東京に出てきて、新宿の中村屋のカレーライスを初めて食べたのは、いつのことか? 誰と食べたのかも思い出せない。美味しかった。まるで別物だった。それ以後何度か時々思い出したように食べに行った。インド人の写真が2階に掲げてあって、その人が本格的インドカレーを中村屋に伝えたインド独立の指導者だと書かれていた(?)と記憶している。インド独立運動をした人は非暴力主義のマハトマ・ガンジーしか知らなかった。
 なぜ新宿中村屋にインド独立の功労者が関係をしてたのか?中村屋の以下のホームページにそれが詳細に紹介されていた。
 インドは400年間イギリス植民地として支配されて、何度も反乱や独立・抵抗運動があったが屈服していた。大英帝国の植民地のいわば宝石であった。日露戦争の日本の勝利に刺激されて独立運動が活発になったが、マハトマ・ガンジーの非暴力抵抗運動では駄目だと武器を取って独立運動の指導した人が、この中村屋のラス・ビハリ・ボーズであったという。  彼は東洋の日本が白人の植民地支配に立ち上がって闘い始めたことを知って、密かに密航して日本の支援を得るために犬養毅、東条英機、頭山満などに働きかけたという。当時は日英同盟があり英国に追われていた。そのときに中村屋に匿われていたという。その後日本の支援を受けてインド独立軍を創設した。その後継者であったのがセバス・チャンドラ・ボーズだという。同じボーズで紛らわしい。かれも来日して日本の政界に支援を要請している。その後インド独立軍はイギリスに宣戦布告をして、日本軍とともにインパール作戦に参加した。日本の敗戦後インドに戻り、2年後にインド独立を達成した。彼はインド独立の父ネタジと呼ばれているという。
 「連合国戦勝史観の虚妄」ヘンリー・S・ストークス著 祥伝社新書 を最近読んだ。著者はイギリス人でオックスフォード大学を出て、フィナンシャル・タイムズ、ニューヨーク・タイムズの東京支局長を長年勤めた人である。
 この中に日印国交樹立60周年記念集会での著者の講演「日本はアジアの光だった」の内容があり、インドに関する部分だけを趣旨を違わぬよう少し要約し、以下に転載した。インド独立と日本の関係が詳しく理解できる。

 二十世紀で最も驚くべき展開は、500年続いた植民地支配、その呪いが終焉を迎えたことにあります。白人の支配が霧散してしまいました。誰もが全く予想しなかったことでした。
 1940年代初頭にインドで独立の気運が高まりました。なぜでしょう。答えは簡単です。第二次世界大戦が勃発して、アジアの新興勢力日本が白人植民地支配に痛烈な打撃を与えたからです。インド独立のタイムテーブルは大きく短縮されたのです。
 イギリスは1600年に東インド会社を設立し、植民地支配に着手しました。マドラス、ボンベイ、カルカッタを次々に支配していきました。イギリスの侵略に抵抗して、ブラッシーの戦い、シーク戦争、セポイの乱が起こりました。こうしてイギリスがインドを長期間抑圧する中で、1868年に日本で明治維新が起こりました。ほぼ同じ頃にマハトマ・ガンジー、チャンドラ・ボーズのインド独立の歴史的な人々が生まれました。チャンドラ・ボーズは今でも独立の「偉大な指導者」ネタジと呼ばれています。チャンドラ・ボーズはインド国民軍を創設しました。ガンジーの非暴力ではなく、軍事力でイギリスと戦ったのです。彼は1943年に来日して、島田海軍大臣、永野海軍軍令部総長、重光外務大臣と面会し、さらに東条英機首相と会談をしました。彼はその時に日比谷公会堂でアジア人の気持ちを代弁して講演をしました。
「約40年前、小学校に通い始めた頃に、アジア人の国が世界の巨人・白人帝国ロシアと戦いました。このアジアの国はロシアを大敗させました。その国が日本だったのです。このニュースがインドに伝わると興奮の波がインド全土を覆いました。インドのいたる所で、旅順攻撃や奉天大会戦、日本海海戦の勇壮な話で沸き立っていました。インドの子供達は、東郷元帥や乃木大将を素直に慕いました。親達が競って、元帥や大将の写真を手に入れようとしましたが、出来ませんでした。その代わりに市場から日本の製品を買ってきて家に飾りました」ボーズは「日本はアジアの希望の光だった」とハッキリと語りました。さらに「このたび日本はインドの仇敵のイギリスに宣戦布告をしました。日本はインド人に、独立のための千載一隅の機会を下さいました。我々は自覚し、心から日本に感謝しています。ひとたびこの機会を逃せば、今後100年以上にわたり、このような機会は訪れることはないでしょう。勝利は我々のものであり、インドが念願の独立を果たすと確信しています」


 このチャンドラ・ボーズの先導役をしたのが新宿中村屋に匿われていたラス・ビハリ・ボーズで、かれは中村屋の娘と結婚して、その後日本に帰化したが、インドの独立を見ることなく他界したという。しかも彼の息子は沖縄戦で戦死している。もうひとつ驚くべきは、この本の著者は名門オックスフォード大学卒のイギリス人であることだった。
 日本人は先の戦争の真実を知らされていない。これに関連するユーチューブ「日本人だけが知らないインド独立」を紹介する。
新宿中村屋のカレーのなかにこんな歴史が秘められていた。近いうちに又食べに行こう!






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