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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.139 キツネの足跡

狐の足跡

 1月13日に思わぬ大雪が降った。辺り一面真っ白な雪景色になった。翌朝我が家の西の畑に、一直線の動物の足跡が見えた。数日そのままにしておいたのだが、家内が「トトロのふるさと基金」の動物に詳しい人に話したところ、「一直線はたぶんキツネです。写真を撮ってもらえますか?」という話であった。電話を受けた私が早速これを写した。写真を見せると、キツネの足跡ですとお墨付きを頂いた。
 夜に我家のゴミ箱をひっくり返していたのだ。その日から庭に残り物の肉や魚を置いておくことにした。朝にはなくなっている。
 この狭山丘陵には貴重な自然が残っていて、野生動物が多くいる。夜になると庭先にタヌキが良く餌を探しにくる。ある時はハクビシンがやってきた。薄暗い蛍光灯の明かりの中をうろついていた。雉やコジュケイも多い。毎年5月頃になると大きなケヤキの洞に、アオバズクがやってくる。暖かい月の晩に「ホッホー、ホッホー」と鳴き交わす。源氏ホタルや平家ホタルも毎年観察に出かける。この30年ほどでだんだん少なくなり、寂しくなったからこのキツネは嬉しかった。ここに移り住んで初めてだ。
 インターネットで写真を見た。きりっとした顔つきで都会的な紳士である。一直線の足跡がよく似合っている。可愛らしくて賢そうな顔である。警戒心が強く夜行性だという。それにしても世間では悪役にされているのは、どうしてなのか調べてみた。
 キツネは人に縁が深い。すぐに連想するのは「お稲荷様」と油揚げである。油揚げがキツネの好物だからという。色がキツネ色だからという説もある。しかし稲荷神社とキツネはどう言う関係だろう。
 稲荷神社は京都の伏見稲荷大社が総本山で皇室の有力庇護者であった秦氏の創建による。秦氏は秦の始皇帝の末で日本に帰化して大豪族として政治の中心的な存在であった。ユダヤ人だという。稲荷神社は食物、農業、商業の神であったから、神前に供えた米俵のかわりに色や形の似た稲荷鮨を備えたという説もある。しかし関西では三角形が主流だそうだ。
 日本にある登録されている稲荷神社は35、000社ほどらしい。小さな祠などをいれると膨大な数になるという。私の近所だけを見ても、すぐに10は数えられる。
 むかし日本三大稲荷の一つの豊川稲荷神社を訪ねたことがある。ここに荼吉尼天(ダキーニ天)が祭られていた。「バガバッド・ギータの世界」上村克彦著によれば、これはヒンドーのシバァ神の妻カーリに使える魔女で、ジャッカルに乗るといわれている。そしてそのジャッカルが日本ではキツネとされたという。それが稲荷神社とキツネが関係する由来という。たしかに魔女の乗り物だ。豊川稲荷は曹洞宗の妙厳寺で神仏混淆であった。
 キツネは人を化かし、悪さをすると恐れられている。その典型は九尾のキツネだ。発端は中国古代の山海教にある霊獣であったが、明の時代に、紂王の妃の姐己に取り付いて悪逆の限りを尽くすという悪役に仕立て上げられたことから、一転して悪者になったという。
 現代でもお稲荷さんをむやみに拝むと、悪いキツネが取り憑くといわれて恐れられている。いわゆるキツネ憑きである。近所では家の改築で裏山のお稲荷さんを移築するのに、神主に頼んで入念に厄よけ祈願をしたそうだ。我が家でも20年ほど前に、家内の祖母が残した牛の御前稲荷のお札を処分した。その時もお坊さんに厄よけ祈願をしてもらったことがある。
 しかしキツネは瀟洒でスマート、都会的なセンスの良さを感じさせる。この素敵な足跡はどうだろう。



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脇 昌彦

Author:脇 昌彦
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