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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

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No.187 夏の記憶

妙義山晩夏「妙義山晩夏」F6 水彩



 井上陽水の名作「少年時代」は多くの人を魅了した。ここでは生命観溢れた夏が、はかない魅惑的な青春時代の想いとして歌われている。海水浴、水瓜、蜻蛉、ミンミンゼミ、カナカナ、ひまわり、夏祭り、花火、夜店、縁台将棋は昔の日本人の夏そのものなのだ。
 青春時代はいわば人生の夏なのだろう。60年の歳月を経て故郷は変貌したが、そこで過ごした煌めくような夏の記憶は今も鮮烈に生きている。私も小説「座礁船」にはそれを描きたかったのだ。

 黒澤明監督「天国と地獄」の中の忘れられない場面が有る。湘南の海を見下ろす丘の上に和風の小さな平屋が建っている。ミイミイゼミが泣き叫んで強い真夏の日差しの中で、ゆるやかな潮風に吹かれている。ガラス戸が開け放され、部屋に釣られた蚊帳が風に揺れている。
 そこを訪れた刑事はその蚊帳のなかに麻薬密売人の腐乱死体を見つける。
この場面は夏になると必ず記憶に蘇る。

 阿久悠原作、篠田監督作品「瀬戸内少年野球団」も海と夏が主役だ。そこで描かれたのは敗戦直後の混乱した日本社会と解放された底抜けに明るい雰囲気とそこに生きる逞しい人々だった。そこから出発して、日本は高度成長を遂げていったのだ。
 その映画の主人公の少年達は今80代である。彼らの少年時代は正に鮮烈な記憶になっているだろう。阿久悠も篠田正浩もそれを描きたかったに違いない。

 私の義理の兄も樺太からの引揚者だった。これまでほとんど話さなかったが、最近になって当時のことを少しづつ話し出した。

 広島長崎も8月15日の敗戦の詔勅も、ミンミンゼミの泣き叫ぶ炎天下だった。その年に私は広島で生まれた。





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No.186 日本の臍

高原のなでしこ「高原のなでしこ」P15 水彩



諏訪は地理的にも歴史的にも日本の臍だと思う。
 日本を南北に横断している大断層の中央構造線は、熊本から四国と紀伊半島を横断し伊勢から木曽谷を北東に向かって諏訪から佐久に至り、そこから南東に東京まで続いている。日本を縦断するフォッサマグナの西端は静岡から天竜川沿いに北上して、諏訪を抜けて松本から糸魚川沿いに新潟に抜ける。この2本の日本最大の断層は諏訪で交差しており、丁度その交差点に諏訪湖が有る。
 また地図で見ると、諏訪湖を中心にして右回りに北アルプス連峰、草津白根や日光に連なる上州山塊、奥秩父と奥多摩山塊、そして南アルプス連峰、中央アルプス連峰と、周りを取り囲むように日本有数の山岳地帯がある。その中心が諏訪湖でグーグルアースで見ても正に臍に見える。
 大昔から諏訪は文化の交差点にもなっているらしい。
石器時代、北方モンゴロイドは地続きの樺太から日本列島に移り住み細石刃文化の痕跡を残したが、やはり諏訪迄でそこから西南はナイフ型石器文化で南方モンゴロイドの由来だという。
 また、縄文土器は諏訪を境にして東日本に広く分布しており、西日本からの出土はかなり少ない。弥生時代になると西の大陸から異民族が波状的に東に向かって侵入して、先住民を駆逐し混血して各地に土着していったと言う。しかし関東以北は未だに先住民の影響を色濃く残している。これは最近の日本人の遺伝子の解析でも立証されている。

 御柱祭りで知られている諏訪大社には、出雲の大国主命の次男で建御名方神が祀られている。大国主命が大和王朝に屈服して国譲りをした時に叛旗を翻しこの諏訪まで逃げて降参し、ここに封印されたと言われる。
 しかし、諏訪はその遥か昔から日本古代の土着神が祀られていた。それはミシャグチ神、蛇神ソソウ神、狩猟の神チカト神、石木の神モレヤ神などの諏訪地方の土着の神々であるという。なかでもモレヤ神は中東のユダヤ由来の神と言われている。諏訪の南にある守屋山がそのご神体だ。今でもイスラエルの首都エルサレムの聖地はモレヤ山で、やはり山そのものがご神体と言う。この諏訪大社には旧約聖書やキリスト教の影響すら垣間見える。
 
 古代からこのように諏訪は文化の分水嶺で、今でも言語や風俗の違いがこのあたりで分かれているらしい。気質も言葉使いも細かな習慣も料理も関東と関西は違っている。
 
 諏訪は不思議なところだ。まさに日本の臍だと思う。

 その諏訪の北方にある車山高原に私が主催する木曜スケッチ会の例会で絵を描きに出かけた。梅雨明けが遅れて現地は霧が出て、午後は雨になった。霧が山麓を走ってくる。草原の花が「なでしこ」だと登山者が教えてくれた。ニッコウキスゲは終わっていた。





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No.185 野外スケッチ異聞

南秋川の滝「南秋川の滝」F6 水彩



 野外スケッチはハプニングが付いて回る。天気の急変は良く有る。雨、風、雪、雹と事欠かない。水彩画は雨が大敵だけれど、若い頃はよく傘をさして描いていた。ファイブドア車の後ろのドアーを上げて、その下でトランクに腰掛けて描く。
 真冬の風花の散る冬空の中でも描いた。元旦の八ヶ岳山麓では絵の具が凍ってしまった。
 生徒を連れて利根川河畔にスケッチに出かけたときは、猛烈な北風が吹き我慢をして描いていたが、スケッチブックやパレットを風に飛ばされて池に落とす人が出て、とうとう昼で中止してバスの中に避難した。

  一人で山奥で描いていると、良く野生動物に出くわす。南アルプスの大山奥の時は、10mほど向こうで何かが動いた。何だろうと思って立ち上がってみると、可愛いイノシシの子供がいた。奇麗な縦縞だった。初めて目にする瓜坊だ。近くで見ようと4〜5歩いて途中でふと気付いた。親がいるはずだ!あわてて道具を車に投げ込んで中に避難した。

 秋の狭山丘陵では、くすんだ色をした野うさぎが横を通り過ぎて行った。私に全く気づいてない。

 正丸峠近くの民家に通じる石垣に座って描いていると、家の人が来て「この石垣の間にマムシが住んでいるから危ないよ」と言う。すぐに店じまいをした。
 
 両神山近くの二子山では後ろの薮の中でガサゴソと音がする。豚のような鳴き声がした。イノシシだった。じっと身を固くしているとやがていなくなった。描き終わって薮の向こうの畑を見ると、土が大きく掘り返されていた。芋を掘って食べたのだろう。

 車で走っていると猿や鹿も良く目にする。長野の安房峠の旧道で、熊とすれ違った。車を止めてバックミラーで見たがすぐに薮の中に消えた。さすがに熊はこの一回だけだった。

 こうして描いた絵は概して臨場感の有る良い絵になった。苦労をして描く熱意が絵に出るのかもしれない。
野外スケッチにはこんなハプニングがあって楽しい。






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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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