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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.177 緑陰の高麗川

緑陰の高麗川「緑陰の高麗川」P15 水彩


 夏は野外スケッチには向かないと敬遠する人が多い。
大敵は暑さだ。炎天下では濡れタオルでホッカムリをしてその上に鍔広の麦わら帽子をかぶる。乾いたら又濡らす。それでも2度軽い熱中症にかかったことがある。体力も消耗する。
 もう一つの難題もある。周囲はどこも濃緑一色なのだ。そして捕らえ所のない鬱蒼とした森を描くのも難しい。しかしこれが何とも魅力的なのだ。
 暑さを避けて夜明けに家を出て、午前6時頃には高麗川の現地で描き始め、10時頃には引き上げる。その絵を150号の作品に仕上げた作品がある。これは未だに展示する機会がない。
 冒頭の絵はやはり真夏の高麗川だ。吾野宿の少し上流で描いた。一見すると何の変哲もないところだけれど、生命感溢れた濃緑の森と高麗川の水に惹かれて、いきなり筆で描きなぐった。
 今年も大好きな暑い夏が来る。また炎天下で描こう。



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No.176 熱海

熱海港のタグボート「熱海港のタグボート」P15 水彩


 12月に熱海に出かけた。優雅な温泉旅行ではなく大勢のスケッチ会員を引率して、バスで絵を描きに行った。港の防波堤からの熱海市街は、背景に十国峠に連なる丘が望めて良い絵になる。
 私もそれを描くつもりだったが現地に着いて港をみると、目の前に珍しいタグボートが係留されている。重量感のあるその存在感に魅せられた。滅多に描けないモチーフだ。急いでスケッチポイントの案内をして、構図やデッサンの指導を済ませた。そして急遽このタグボートを描いた。鉛筆の下書きもほとんどせずに、いきなり筆で描いた。1時間半程で描き終え何とか会員の作品講評会に間に合わせた。絵は荒っぽいけれどやむを得ない。

 絵を始めて間もない頃、東京港によく描きに出かけた。ダルマ船やタグボートに悪戦苦闘した。その後しばらくぶりに訪れると、岸壁にはフェンスが張り巡らされて何処も部外者立ち入り禁止になっていた。しかたなく何も描かずに帰って来た。
  
 熱海港は画題が多く魅力的だ。温泉に宿泊してゆっくり描いてみたい。





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No.175 アオバズク

岩櫃山麓の民家「岩櫃山麓の民家」ペン画


 毎年五月になると我が家の近くにアオバズクがやって来て、暖かい静かな晩に「ホー、ホー」と鳴く。この地に40年前に転居してはじめて聞いて「何だろう?フクロウかな?」と思ったが、それがアオバズクだった。図鑑でみるとハト程の大きさの愛くるしいフクロウの一種だ。青葉の頃に遥か彼方から渡ってくる。

 近くの電線や前の家のテレビのアンテナで鳴くのを見た。しかし夜空のシルエットなので、あのかわいらしい愛嬌のある顔はまったく見えない。近くにあるケヤキの古木の洞に巣が有るらしい。暖かい満月の夜に2羽で鳴き交わしているのも時折聞こえる。声の違いでよく判る。
そのうち毎年5月になると「まだかな?」と待つようになった。「今年は遅いな。どうしたんだろう?」などと心配する。

 野鳥の好きな人が聞きたいというので連絡しても、来るとぱったりと鳴かなくなる。40年も毎年鳴き声を聞けるのは幸せなのだそうだ。

 アオバズクは渡り鳥で遥か東南アジアから何千キロの旅をして4月に渡って来る。そして秋には又帰る。鮭や昆虫やクジラやウミガメもアオバズクも同じだ。旅の途中にいろいろな苦難や危険が有るだろう。しかし毎年必ずこのケヤキの洞に地図もナビゲーションも無いのに帰ってくるのだ。ここで生まれた雛が巣離れをして飛べるようになる9月頃には、親子でまた数千キロの彼方に帰って行く。鳥も人も生まれ故郷は格別なのだ。
 今年もまた「ホー、ホー」と鳴いているあのアオバズクは、40年前の何代目の子孫だろうか?

 自然は奥が深く神秘的だと思う。私たちアジアの人々はそれを大昔から知っている。
その私たちと祖先を共にするインディアンの祈りを「アメリカ・インディアン非史」藤永茂著から以下に転載する。

イロコワの「祈り」

おお、大いなる精霊よ、その声を、私は風の中に聞き、

その息吹は、この世界のすべてにいのちを与える、

大いなる精霊よ、私の祈りをおきき下さい。

私はあなたのまえに一人の人間として、あなたの多くの子供たちの一人として立っています。

私は小さく弱い。私にはあなたの強さと知恵が必要です。

どうか私を美の中にあゆましめ、赤々と焼ける夕空をいつまでも見守らせてください。

私の手が、あなたの創ったすべてのものを大切にし、

私の耳が、あなたの声をききもらさぬようにさせて下さい。

あなたが私たちにお教えになったことども、

 一枚の木の葉、一つの岩の下にもあなたがそっとひめた教訓の数々を知ることができるように、 

私を賢明にして下さい。

おお、私の創造者よ、私は強くありたい。

私の仲間にうちかつためにではなく、

私の最大の敵、私自身とたたかうことができるように。

汚れのない手と、まっすぐなまなざしをもっていつでもあなたのみもとに行くことが出来るように、

やがて、私のいのちがあの夕焼けの空の色のように消えるとき、

私のたましいが、なんの恥じ入るところもなく、

あなたのみもとに行くことが出来るようにさせて下さい。







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No.174 時代の流れ

市民農園 「市民農園」F6 水彩


 田圃には蛍が飛び交い蛙が鳴き、泥鰌がいた。田舎道には牛車が走っていた。ボンネット型の乗り合いバスは一日に4本しか走っていなかった。乗用車はほとんど見なかった。ときおり走しると見物人が集まる。車を買う値段で家が一軒買えた。
 電気製品は裸電球とニクロム線の電熱器、木製のラジオ、手回しの共用電話しかなかった。通学はC51の機関車に乗って行った。電車もヂーゼルカーもまだなかった。吉幾三の「俺らさ東京さいぐだ」そのままだった。それはほんの60年前のことだ。
 正月に酒を飲みに来た父の同僚の話を聞いていた。
「駆逐艦が魚雷にやられて沈没して海に投げ出された。浮遊物に捕まっていると、味方が爆雷を落とす。爆発するたびに腹が痛くて死ぬ思いだった」
と言う。幸い助けられて帰国したのだ。
 あ〜大昔に戦争が有ったんだ!と思って聞いていた。しかし今考えると敗戦後7〜8年しか経っていなかったのだ。ちょっと前の話だった。子供の時間は長が〜く、大人になるほど時間はどんどん短くなる。

 それから時は流れ、テレビ、電気洗濯機、炊飯器、クーラー、オートバイ、自家用車、ディーゼルカー、電車、旅客機、計算機、携帯電話、パソコン、スマホ・・・・・と瞬く間に世の中に満ちあふれた。
便利な道具を作るとそれによって人が変わり、世の中も変わって行く。あの吉幾三の唄の世界はもう探すようだ。

 その流れに否応なく巻き込まれて、息せき切って漸く生きてきた。その埒外では生きては行けない。抵抗しても無駄な気がする。この壮大な人間世界の流れは、誰にも止められない。大自然の摂理なのだろう。

自然保護というと無意識に人間を除外しているけれど、人間は立派な自然でこの大繁殖も自然の摂理なのだ。

ある時水槽の絶滅危惧種のミヤコタナゴを覗き見ていて、ふと気づいた。覗いている私は過剰繁殖危惧種だった。





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No.173 びん沼憂愁

昼間の渡し「元荒川・びん沼」F6 水彩


 縄文時代は3度近く気温が高く、そのため海面が上昇して海岸線は今より遥か内陸にあった。貝塚が有るのでその海岸線は大凡判っている。関東平野南部は広大な湿地でその中を入間川、荒川、利根川、渡良瀬川、とその支流が洪水の度に流路を気ままに変えていた。霞ヶ浦や印旛沼辺りは大きな湖だった。その頃の房総半島はほとんど島のようであったらしい。この縄文の海岸線は平安時代に掛けて次第に後退して行ったのだが、依然として関東平野の南部は湿地と川に阻まれ人の往来が困難な所だった。
 家康関東入府の頃の江戸城は太田道灌が築城した荒れ果てた小城で、すぐ前は海岸であった。八重洲である。以後徳川幕府はこの関東平野の河川の流路を変え、何度も改修して水路を縦横に開削し、豊かな水田に変えた。それを指揮したのは関東郡代の伊奈備前守である。関東各地に残る備前堀や備前堤と呼ばれる運河や堤防はいずれも初代伊奈忠次の官位「備前守」に由来しているという。有力な直参旗本で入府以来関東の幕府直轄領80万石の差配を担っていた。

 しかし第7代関東郡代、伊奈半十郎忠順は役目半ばで切腹した。この経緯を小説にしたのが新田次郎の「怒る富士」だ。これを読んだのは10年以上前かもしれない。
 宝永の富士大噴火で東部の小田原一帯は火山灰に埋もれて大災害になった。忠順はこの復興を命じられて奮闘する。しかし幕府の救援金が十分に支給されず、洪水対策の為の工事や被災農民の飢餓救済が思うように進まず、私財までを用いて救済を図るが行き詰まる。何度も幕府に対して農民の苦境を訴えるが受け入れられず、思いあまって駿府城の幕府の備蓄米を越権行為に近い方法で運び出し、それを被災農民に分け与える。それを咎められて切腹する。
 幕府はこの富士噴火の救援金を全国の藩に割当て数百万両の資金を集めていたが、大部分を借金の返済と大奥の新築に費やし災害復旧に用いたのは大凡3割でしかなかったと言う。

 この小説は史実に基づいた興味深い小説であったが、その後の東関東大震災の政府の対応を見て思い出し、又丹念に読み返した。この江戸時代と同じことが今の日本で行われてる。いや、それ以上に酷いことが進んでいる。
 災害復旧臨時増税や義援金は、被災者個人にはなかなか届かず、道路や防潮堤や大型の復旧工事に大部分を費やしている。義援金の使途も不明瞭で、多くの資金を目的外に流用している。仮設住宅や賃貸住宅の被災者は、失った住宅のローンの返済猶予期間が切れて、その支払いを迫られている。福島の被災者も同じでもっと過酷な状況に置かれている。その上に熊本地震が起きた。又同じような事態が進行しているのが、垣間見える。

 阿部首相はこの在任中にしきりに外遊して、その都度海外に経済援助を約束している。総額70兆円と言う。国内の大型工事は震災前と何も変わらず進行している。リニアモータカー、新幹線、大型ダム、巨大防潮堤、防衛費、そしてオリンピックだ。これらの予算の一割もあれば被災者の住宅はすべて再建できるのではないか?
 おまけに、私たちの汗水たらして蓄えた年金や郵貯の金を、株式市場に投入して株を買い支えている。そして10兆円に近い損失を出したと言う。紙くず同然の米国債を数百兆円も購入して米国を支えている。
 これらを見ると江戸幕府の方がよっぽどましだと思う。少なくとも自国民を犠牲にして海外に巨額の金を貢ぐような売国的なことはしていない。

 江戸初期からの長年にわたる伊奈家の河川改修で荒川は水路を変えて、昔の元荒川は沼や池に変じて少ししか残っていない。びん沼はその昔の姿を残した数少ない場所だと言う。入府前の徳川家康に因んだ昼間の渡しがこの先に保存されている。

葦が茂り風に揺れて、倒木に数羽の川鵜が羽を休めている。
伊奈半十郎忠順の苦悩がいかばかりかと思うと胸苦しくなった。






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No.172 マルチン・ルターとインターネット

岩櫃山「岩櫃山」ペン画


 グーテンベルクが活版印刷器を発明したのは、15世紀の中頃である。それ以前に中国では木製の活字による印刷が有ったのだが、それを鉛合金の活字とインク、そしてプレス機を組み合わせて画期的なものにしたのだ。この活版印刷は同時期のマルチン・ルターの宗教改革の大きな原動力になったという。
 当時、聖書は手書き筆写でしかもラテン語で書かれており、王侯や貴族、聖職者しか読むことが出来ない貴重なものであった。天才ルターはこの聖書を読む機会に恵まれて、そこに書かれていることに全く反するローマカトリック教会の堕落と腐敗を知った。そして教皇位の世俗化、聖職者の堕落、贖宥状(免罪符)の販売などを批判して宗教改革の口火を切ったという。そしてラテン語の聖書を誰でも読めるドイツ語に翻訳して、当時発明されたばかりの活版印刷器で出版した。その結果多くの庶民に教会の腐敗や偽善が広く知られて、ルターの宗教改革の理解者が急速に広がった。それがその後の民衆革命に連なり、ヨーロッパ社会の大変革の契機になったのだ。
 
 最近その天才マルチン・ルターの400年秘められた論文が発掘されて出版されている。「ユダヤ人と彼らの嘘」と言う本で日本語訳もある。
 マルチン・ルターは晩年聖書の原典を調べていて、偶然ユダヤ人の秘典「タルムード」を発見した。それを読んで驚愕し怒りに震えた。そして著したのがその論文だと言う。強烈なユダヤ批判である。訳された内容のほんの一部を以下に抜粋転載する。

・シナゴーグやイェシーバーを、跡形残らず徹底的に焼き払うべし
・ユダヤ人の所有する家をも打ち壊し、所有者を田舎に住まわせるべし
・宗教書を取り上げるべし
・ラビの伝道を禁じ、従わないようであれば処刑すべし
・ユダヤ人を撲滅するための方途を穏便に実行すべし
・高利貸しを禁じ、金銀を悉く没収し、保管すべし
・ユダヤ人を農奴として働かせるべし

 ルターのこの激しい怒りは「タルムード」を読めばたちどころに理解される。このおぞましい教典の信奉者達が今も世界の政治、経済、宗教を支配しているという。まさに驚くべきことなのだ。ルターのこの論文の存在は知られていたが、今まで世に出ることなく隠蔽されていたのだろう。

 現代のグーテンベルク印刷機はインターネットだ。支配者や特権階級の情報の独占はいとも容易く破られ、情報は瞬く間に世界中に知れ渡る。その拡散速度はマルチン・ルターの時代とは桁違いだ。彼らの腐敗や堕落、不法行為もほとんど隠せない。
インターネットによる壮大な社会変革が否応なく進み始めている。
そして、多くのマルチン・ルターの出現を私は切に望んでいる!




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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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