脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

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No.151 佃島

佃島一隅「佃島一隅」 F6 水彩 For sale
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 佃島に初めて絵を描きに行ったのは15年程前だろうか?恩師の墨矢先生の紹介で新富町の「東京絵画愛好会」に絵の指導に通っていた頃である。スケッチとその後の忘年会に招待されたのが最初であった。新富町から歩いて隅田川を渡り、高層ビルに囲まれた古い家屋の中に小さな船溜りがあった。そこだけ昔のままに取り残されたような一角で古びた漁船や桟橋、壊れかかった家屋があり、背後に聳える高層マンションと奇妙なアンサンブルを奏でていた。生徒と一緒に簡単なスケッチをして、その後月島のモンジャ焼きを食べながらの忘年会に興じた。
 それからここの魅力に弾かれて、スケッチに通うことになった。1人で描きにくるのは勿論だが、生徒を引率して繰り返し通った。所沢からは有楽町線の新木場行きに乗ると約一時間であり、トイレも飲食店もあるので便利であった。
 そしてここの佃煮は当然のことだけれど格別である。また徳川家康以来の歴史を刻んだ地でもある。本能寺の変の時に家康主従は堺にいたが、三河までの決死の逃避行のおりに大阪の住吉の漁師の船に助けられた。その恩顧に報いて佃島をその漁師に与えたという。それも全国何処でも自由に漁をする特権付きだったという。家康から下賜された金で作られた神輿があり、今でも毎年盛大な祭りが模様されている。
 この絵を描いていると、漁師が話しかけてきた。描いた漁船は全て彼のものだという。折本さんという。「江戸の初期から代々ここに住んでいる」と彼はこともなげにいう。400年前は昨日のことのようだ。歴史とはそういうものらしい。



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No.150 伊那谷と安曇野

初夏の伊那谷「初夏の伊那谷」P15 水彩 For sale
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 絵を描き初めた頃に足しげく通ったのは安曇野より伊那谷であった。在職中に飯田市の関連会社へ出張する機会が多かったので、この谷の四季折々の美しさを良く知っていたからだ。
 就職して初めての出張がここであった。当時は中央高速道路は未完成で、新宿駅から6時半頃発の飯田直通の列車に乗る。余裕をみて家を出たが想像以上に時間がかかり、さらに駅構内で迷ってホームに駆け込んだ時には列車は無情にも動き出していた。その後ろ姿をただ呆然と眺めて立ち尽くしていた。
 気を取り直して上司に電話連絡をした。「しょうがないな。連絡をしておくから、遅れても行ってください」
結局その後の急行に乗って甲府で乗り換え、さらに岡谷から鈍行列車で伊那谷を下って行った。飯田線に入ると町の人や女学生が入れ替わりに大勢乗ってきて、楽しげな会話が飛び交っていた。途中で何度も時間調整のため長く停車した。悔やんでもどうにもならないとおもいながら、気持は暗く沈んでいた。
 小さな駅のホームは何処も桜に埋もれていた。その桜の間から南アルプスの白い峰が輝いている。やがて駒ヶ根に至ると左に広大な裾野が広がりその底に天竜川が光って見える。右の車窓には木曾駒ヶ岳が真っ白に聳えていた。この谷は心底美しいと思った。
 その後10年程の間この谷に頻繁に出張した。ここのリンゴと五平餅は格別であった。忘れられない思い出の地がこの伊那谷だった。
 最初に描こうと思ったのは、夏の蒸せ返るような緑とはるかに聳える青い南アルプス連峰であった。何度描いてもその美しさは描けなかった。それは結局F60の作品になった。
 その後は季節を変えて描いた。厳しい真冬の美しさはまた言葉に尽くせない。安曇野を描くようになったのはそれからだった。
 この作品は今年の5月である。絶好の日和に誘われて、駒ヶ根のビジネスホテルに宿を取って出かけた。正面の雪山は空木岳である。



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No.149 水のある風景

日原川の淵「日原川の淵」F6 水彩  For sale
              ¥60.000
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 初めて奥多摩を描いたのは何時頃のことだろう。33年ほど前かもしれない。私が作った水輪会というクラブの第一回のスケッチ会で御岳渓谷に行ったのが最初と思う。日本水彩画会の評議員であった加藤隆介先生に指導に同行していただいた。最後に講評会をせずに散開したので、叱られたのが忘れられない。
 その後足繁く描きに行った。多摩川の渓谷を次第に上流まで遡った。青梅、軍畑、沢井、御岳、白丸、氷川、小河内ダム、丹波、そして日原とその殆どを描いている。変化に富んでいて四季折々にその表情を変えて、画材は尽きることがない。水の表情は千変万化で、特に川は流れているので余計に難しい。透明水彩でそれを描くのは気が遠くなる程手強かった。初期の絵は殆ど手元に残っていない。
 どうやら描けるようになったのは20年程してからである。そして多摩川以外の日原川、秋川、高麗川とテリトリーは広がった。
 海と湖も良く描のだけれど、水のある風景はどこも魅力的だ。生命の元であることを無意識に感じているのかもしれない。その魅力的な水辺で自分と風景の一期一会の、二度と描くことの出来ない作品が生まれる。
この作品は2013年7月に描いたもの。




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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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