脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

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No.136 マッカーサー父子の置き土産

 前野徹著「新歴史の真実」を読んだ。西欧諸国の植民地支配の歴史と過酷な実態が書かれている。その中にフィリピンがアメリカの植民地になる経緯が書かれている。その内容に私は非常に驚いたので、あらためてフィリピンの歴史を調べてみた。
 1521年にマゼラン率いるスペイン船団が、世界一周航海の途中にフィリピンを発見して上陸した。マゼランはそこで現地住民に殺されるが、その存在を知ったスペインはその後幾度となく船団を派遣して基地を建設し、1565年以降は植民地としての支配を確立した。スペインのフェリペ2世にちなんで、ラス・イスラス・フェリピナス(フェリピナス諸島)名付けられ、それがフィリピンと言う名前の起こりという。以来フィリピンは350年もの長い間スペインの植民地であった。
 1898年になって、新興アメリカ合衆国は衰退したスペインの植民地を狙って米西戦争を仕掛け、キューバ、プエルトリコを奪い取り、太平洋を渡ってフィリピンにもその触手を伸ばした。現地住民に独立を約束してスペインと戦わせて、海からは極東艦隊でスペイン艦隊を破り勝利する。しかし戦後アメリカはその独立の約束を反古にしてフィリピンを自国の領土に編入した。
 この結果独立軍はジャングルに立てこもって米軍と戦うことになった。この米比戦争に8万の軍隊を率いて乗り込んだのが、アーサー・マッカーサー陸軍少将で,副官がダグラス・マッカーサー中尉であった。 独立軍はゲリラ戦を展開するが、翌1901年3月に革命軍の指導者アギナルドが米軍に捕らえられた。1902年にアメリカ軍は完全にフィリピン主要部を占領した。
 この時のアメリカ軍の残虐さはすざまじく、サマール島では住民二万数千人が皆殺しにされた。当時のアメリカの「フィラデルフィア・レジャ」紙は、米比戦争の二年間でルソン島住民の六分の一が殺されたと当時報道しており、これは約61万6000人にのぼるという。
 戦争後にアメリカはあらためてフィリピンの独立を約束したが、独立後も永遠に支配するために、憲法に戦争の放棄の条項を盛り込ませた。日本国憲法はこのフィリピン憲法を下敷きにして作られた。GHQがたった一週間で日本国憲法の草案を書き上げられたのは、元々このフィリピン憲法という下敷きがあったからだ。フィリピンも日本も同じ占領政策で、独立後もアメリカの支配下に置かれ続けている。
(「新歴史の真実」要約)

 これにはたいへん驚いた。世界に誇る日本の平和憲法はフィリピン憲法の引き写しで「マッカーサー父子の置き土産」だったのだ。
武力を削いで抵抗力を奪い、永久に支配するための狡猾な方法であったのだ。

 しかし憲法を改正するというと日本人はこぞって反対する。マスコミも批判し攻撃する。あの忌まわしい戦争の記憶が焼き付いているのだ。国際紛争は武力でなく平和的手段で解決するのが一番良いのは異論がない。しかし当の相手が横暴、凶暴であったらどうするのか? この悩みはつきない。しかも今の日本はすでに世界5位の戦力を持っている。国論はいつも紛糾して纏まらない。アメリカの思うつぼである。

 アメリカという国家は凶暴である。数千万人のアメリカ・インディアンの滅亡の歴史を見ると分かる。 また既に敗戦必死であった日本の100ヵ所以上の都市を焼夷弾で焼き払い、長崎広島に原子爆弾を投下した。殆ど女と子供と老人ばかりの非戦闘員が100万人(?)近く虐殺された。ベトナムやイラク、アフガンではさらに酷かった。

米英こそ過去の植民地支配の残虐行為と、近年の理由なき戦争による中東とアジア諸国民の大量虐殺を謝罪をするべきであると思う。

しかし彼らの反省や謝罪の言葉は聞いたことがない。
「マッカーサー父子の置き土産」をどうするか?実に悩ましい地雷のようだ。





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No.135 大東亜共栄圏

寒椿の咲く民家「寒椿の咲く民家」F6


 アジアは数百年の長い間、西欧諸国の植民地支配のもとに置かれた。その実態を、私を含めた戦後の日本人は殆ど知らなかった。なぜなら占領軍が厳しい検閲をして隠したからである。その徹底した言論統制は
「戦後史の正体」孫崎享著  に詳しい。
 いまもその状態はほとんど変わっていないと思う。マスコミが巧妙に統制されているのは福島原発事故で明らかになった。

 太平洋戦争は、日本の自衛と西欧諸国の過酷な植民地支配からアジア人を解放しようという戦いであった。日本は大東亜共栄圏という理念を掲げ、人種差別の撤廃を国際連盟で求めた。アジア人が手を携えて植民地支配を打ち破り共栄しよう、というスローガンである。事実、日本は台湾や朝鮮を併合して、現地住民に日本国民として同じ権利を与え、産業の基盤を整え、生活の水準を高めたのだ。だから長い間の西欧諸国の過酷な支配に打ちひしがれていたアジア諸国民は、これに強く反応したのだ。
 イギリスのインド支配は300年に及んだ。当初インド人の識字率は65%程度だったが、その間に5%になってしまったという。そして豊かであったインド国民は、搾取され疲弊した。繰り返し飢餓に襲われて数千万人の餓死者が出たという。イギリスはインドの多くの宗教を奨励した。カースト制もイギリスによって一層強化された。それらは国民を分裂させるために仕組んだことだった。
 際立った悪事はこうだ。イギリス本国でお茶の需要が高まり中国から輸入したが、それに変わる輸出商品がなかったので多くの銀が流出した。それを防ぐためにインドで阿片を栽培し、それを中国に大量に密輸した。清国がその阿片を没収したのを好機に戦端を開き、強大な武力で清国を屈服させた。その結果香港の割譲、広東やアモイ、上海などの開港を強要し不平等条約を締結させ、巨額の賠償金すらも獲得した。
 また、インドの綿織物は優美で精緻であったが、イギリスは自国の織物製品を売りさばくためにこれを弾圧した。職人の指を切り落とすことまでしたという。イギリスの最盛期の国庫歳入の70%近くがインドからの収入であったと言われている。
 黒人奴隷貿易の主役もイギリスである。リバプールなどを拠点に織物や酒を積んでアフリカで売り、そこで今度は黒人を拉致して大西洋を渡って、カリブの島々やアメリカ大陸で販売した。帰路はアメリカ大陸の産物をイギリスに運んだのである。何百万人もの黒人が犠牲になった。この三角貿易で大英帝国は巨額の富を蓄積した。それが産業革命の原資になったという。これが紳士の国イギリスの実態である。まさに強盗国家である。
「略奪の海カリブ」増田義郎著 にそれが詳しい。

 西欧諸国はアジア、南北アメリカ、中東、アフリカの大部分を武力と謀略で支配し、略奪し寄生して繁栄してきた。わずかに日本だけがその植民地支配を免れて、あの大東亜戦争で西欧諸国を打ち破って、アジアの独立を実現させたのは疑いのない史実である。以下のユーチューブにその真実が伝えられている。

「大東亜戦争の名言集」

その中にある感銘を受けた言葉を以下に転載する。これは日本人への珠玉の言葉だと思う。

<タイ国元首相 ククリット・プラモード>
 日本のおかげでアジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは母体を壊してまでもアジア諸国という子供を産んでくれました。今日、東南アジアの諸国民が、米英と対等に話が出来るのは一体誰のおかげであるか。それはみずからを殺してまで生んでくれた日本というお母さんがいたからだ。
 我々はお母さんがお産を決意した12月8日を、全ての力を出し尽くし私達の国を産んで、力尽きた8月15日を忘れてはならない。

<米国人、東京裁判弁護士 ベン・ブルース・ブレークニー>
 原子爆弾という、国際法で禁止されている残虐な武器を使用して、多数の一般市民を殺した連合国側が、捕虜虐待について日本の責任を問う資格があるのか。私の判決を読めば欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人である、ということが判るはずだ。
 それなのにあなた方は自分らの子弟に「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」と教えている。
 満州事変から大東亜戦争に至る真実の歴史を、どうか私の判決文を通して研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを、私は平然と見過ごすわけにはいかない。


 敗戦後の日本は独立し驚異的な復興を遂げた。しかし、その実は密かに深くアメリカに捕われていたのだ。いまや日本は再びアメリカによる完全な属国として組しかれようとしている。西欧の巨大資本家達は巧妙なマスコミ支配によって世論を誘導し、政治をコントロールしている。私たちはそれに騙されずに、彼らの横暴で残虐な真の姿を見つめよう。
 助け合って共生するのが、人類の正しいありようだと思う。それが人と野獣の分かれ目なのだ。愚かな西欧諸国も何時の日にか自分達の過ちに気付くことだろう。私たちは正しい歴史を学びそれを後世に伝えて、いつか西欧の頸城から脱却したいと思う。






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No.134  縄文時代は世界文明の源流か?

 青森県の大平山元遺跡で16500年前の世界最古の土器 が発掘された、という新聞記事を読んだ。ふ〜ん、と読み過ごして「待てよ!」ともう一度読んだ。確かに世界最古と書いてある。日本から世界最古の土器???
 早速縄文時代を調べて、それを世界の4大文明と比較してみた。下のグラフはウィキペディアなどから、おおよその発生の初期からの年代をグラフにしたものだ。縄文時代の際立って古いのに驚いた。
 縄文土器は各地の博物館で何度か見ていたが、その発祥が世界の4大文明より遥かに古いとは思いもよらなかった。
 自分の無知を恥ずかしいと思いつつ、「これは変だぞ!縄文時代は世界の文明のルーツではないか?」とすぐに思った。調べてみるとやはりそう主張している人がいた。


縄文時代


 草創期の縄文土器は単純な尖底土器で煮炊きする実用的なものであったようだ。初期には平底で次第に複雑なものになっていった。中期以降は土偶なども含めて驚くほど高度で装飾性の高いものが作られた。用途も多岐にわたり祭祀にも多く用いられたと思われる。
 いずれにしてもその多様性と重層的な厚みは当時の世界には比肩するものがないと言われている。


火焔土器「火焔土器」 BC4500年 

 これは新潟県長岡市馬高遺跡から出土したもので、国宝に指定されている。この姿からは高度な技術と装飾性、そして気高い精神性すらも感じられる。こうした火焔土器が中部以北の各地の遺跡から200点以上も出土しているという。これには改めて驚いた。この時期の中国文明、エジプト文明、メソポタミア文明は原始的なレベルで、インダス文明は影も形もない。
 日本列島は緑豊かで湿潤であり山の恵み、海の恵みはきわめて豊富であった。縄文遺跡からその食材の豊富さが確かめられている。早くから文明に近いものが発達しても何の不思議もない。これまでの常識とは逆に、日本こそが世界の文明の源流だったのではないか?と勝手に想像する。

 最近、古代ユダヤ王国がBC700年頃に滅びて、その12支族が日本に移住したという説が盛んに言われている。
確かにユダヤの風習と言語など共通点が大変に多い。彼らはひたすら東へ移動してアジア大陸の最果てにたどり着いて、そこから海を渡り日本に到達したというのだ。これに関しては以下のブログが大変に詳しい。
「日本とユダヤのハーモニー」
 彼らはイスラエルの地を逃れて、どうして、ひたすら遥か彼方の東方を目指したのだろう。そこに緑豊かな楽園があるのを知っていたとしか思えない。古代からの記憶を頼って故郷を目指したのではないか?
 ちなみに、真のユダヤ民族はアジア人種だと言う。今のイスラエルにいる白人のユダヤ人はアシュケナージ・ユダヤと言って偽ユダヤ人だそうだ。 
 やはり、縄文時代の日本こそは世界の文明の源流、発祥地なのではないか?

 これは根拠もない素人の勝手な想像だけれど、実に心地良くロマンチックな気分がする 。



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NO.133 台湾旅行

 先週、台湾旅行をした。兄に誘われて思わず「行っても良いよ」と答えてしまって、後戻りが出来なくなった。牛に引かれて善光寺参りだ。しかしお陰でなかなか面白い体験が出来てよかったと思う。印象的なことを簡単に書く。

・誰もが礼儀正しく親切だった!
 兄と義兄3人で台北周辺を地下鉄と電車を使って移動したが、4日間でなんと計6回も席を譲ってもらった。私も3回だ。日本では経験がない。もちろん「謝謝」といって好意を受けた。平均年齢が若いから私たちは目立つのかもしれない。また、地下鉄の駅でSUICAのチャージ方法が分からずに戸惑っていると、隣の若い女性がそれを全部やってくれた。
 ある中華レストランで写真を見てスープを三つ注文したが、ウェイトレスがやってきて何やら説明する。多すぎるから一つでいいという。一個に変更した。やはり3人でも余るほどであった。
 サラリーマンで混雑する定食屋で義兄と昼食にした。皿を持って行列して指差して注文した。言われるままに料金を払って食べていると、後の兄がなにやらお金を持って押し問答ををしている。おばさんがメモを持って説明にきた。兄の分も私からもらったから支払う必要がないというのだった。安いので二人分とは思わなかったのだ。タクシーも丁寧で料金も妥当であった。

・料理がおいしい!
 台北のビジネスホテルに4泊した。朝食はホテルの日本食であったのでこれを別にすれば、何を食べてもおいしかった。道路脇の出店で、お好み焼き風ものを買って立ち食いした。30円だ。これが旨い。一個でお腹いっぱいになる。不思議な味だった。
 夜店の屋台で臭豆腐と焼き餃子も食べた。これもよい。値段はこれも30円程だった。前述の町の定食屋もまたおいしかった。これは200円程。また少し上級の中華レストランで小龍包、翌日は鶏肉料理を食べたがこれは格別であった。薄味で上品な味付けがしてある。食後の後味がとても良い。価格は3人で3000円に満たなかった。台湾料理は濃い味で癖があるという先入観があったので、意外で嬉しかった。
 食品市場を歩いてみると、無数の店が連なり店先に様々な食材が溢れている。乾物の多様さは驚きであった。一見しただけでは何なのか?分からないものが無数に並んでいる。漢方の生薬もその中に混じっている。まさに医食同源だ。この食材の多様さが美味しさの秘密なのだろうか。

<驚くべき震災義援金>
 東北大震災の義援金は台湾が飛び抜けて多かったと聞いていたので、帰国してさっそく調べてみた。LOTUS STUDIO BULOG に世界各国の義援金の一覧表があった。これを多い順に分かりやすくグラフにしてみた。グラフの数字は億円である。

義援金3

 あの小さな台湾が抜きん出て多額の180億円の義援金だ。縁の深いアメリカ、中国、韓国などの大国と比較してみると良い。驚きである。経済力比で言えばさらに差はおおきい。イギリス、フランス、ドイツなどの西欧諸国の姿はない。アジアや中東の小さくて貧しい国ばかりが並んでいる。それにしてもこの台湾の飛び抜けた親日はどこからきているのだろう。
 江戸の昔、台湾は明の領土であったが形ばかりで、オランダ、スペイン,倭冦などが繰り返し侵入し無政府状態が長く続いたという。その後ようやく清は領土として支配したが、「化外の地」として殆ど無関心であったようだ。そして台湾の英雄である鄭成功によって独立するが、20年ほどで清に滅ぼされた。
 総括すれば中国、オランダ、スペイン、倭冦の草狩り場になっていたらしい。結果として大部分が未開の地として放置されていたという。マラリヤなどの熱帯病も猖獗を極めていたらしい。

 日本は日清戦争の結果台湾を獲得した。これはいわゆる西洋の植民地とはかなり違っている。台湾を日本に併合したのだ。台湾人は日本国籍を与えられ日本人と同じ権利与えられた。全国に多くの学校を建設し、台湾帝国大学まで作った。いまでも台湾一のエリート大学という。3%程度の就学率が後半は65%を超えていたという。むろん日本語を教えた。ダムを造り灌漑用水を造った。道路と鉄道を建設した。公共施設は最新のものを建設したので日本より優れたものが多いという。生活は向上し治安は良くなり、日本時代は戸締まりをする必要がなかったという。後期には台湾議会を作り選挙をした。むろん台湾人は2等国民として差別はされたのだが、総じてみると西洋や中国の搾取し略奪するばかりの植民地とは雲泥の差があったのだ。
 そして、日本が降伏した後に蒋介石率いる国民党が台湾を統治した。中国大陸からの敗軍で規律が乱れて略奪暴行強姦が多く、抵抗した台湾人は弾圧され虐殺されたという。そして長期にわたる戒厳令と弾圧の時代を迎えたのだ。
 
 こうした歴史があって、台湾の人は大の日本びいきなのだった。その結果があの義援金なのだろう。これは私達の父祖の偉大な遺産だと思う。しかし同じく併合した韓国は強烈な反日である。これはまた裏に複雑な事情があるようだ。
今の台湾は自由化、民主化されて経済発展し近代化している。日本より言論の自由度が高いという。




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No.132 属国日本という発見

 敗戦のすぐ後の昭和20年11月10日は私の誕生日である。つまり戦後派の筆頭なのだ。千葉の内房の漁村で育った。むろん生々しい戦争の傷跡が周囲にたくさん残されていた。海岸のトーチカ、岬の崖の防空壕、戦争未亡人や傷痍軍人。米の配給制度があり父母は慣れない畑を作っていた。みんな貧乏であったが、時代は明るく開放的で元気良く働いていた。年を追うごとに復興が進み生活は向上していったから、誰もが希望に溢れていた。
 そして昭和26年にサンフランシスコ講和条約が締結されて、日本は晴れて独立国となったのだった。このときの晴れがましい気持ちは子供心にも記憶している。どこの家も門先に日の丸を掲げた。国連に加盟し沖縄が返還されたときもそうだった。その後テレビ、電気洗濯機、電気炊飯器のいわゆる三種の神器に象徴される高度成長期を迎え、経済は急速に発展して「戦後は終わった」と言われた。貿易収支は赤字から黒字に転換してその後急速に成長して世界の経済大国になっていった。独立国日本を疑いもしなかった。アメリカの基地があり不平等な日米安保条約があったが、敗戦国なのだからやむを得ないし、日本にとっても必要なものと思っていた。
 しかし、それがが酷い幻想であったと気づいたのは、東日本大震災と福島原発事故が契機であった。日本国政府が日本国民を見殺しにしている!と本当に驚いた。信じられなかった。

・放射能の拡散データをすぐにアメリカに渡しながら、日本国民に開示し たのは2ヶ月後であった。そのために高濃度に汚染した場所に多くの人 が避難して、重大な被爆をしてしまった。
・放射線管理区域に相当する汚染された地域に、いまだに150万人もの 人々を住まわせて放置している。
・絶対に安全だとマスコミを使って私たちを洗脳して、この世界一の地震 大国に危険な原発を54機も作ってしまった。 
・処理方法が未だに見つからない使用済み核物質を、広島原爆1400発 相当分も貯めてしまっている。10万年管理しなければ無害化できな いものだという。
・危険性の指摘を受けながらこれを進めた人たちの誰一人として、未だに 罪に問われていない。小さな事故でも過失傷害ですぐ捜査が入る国なの にだ。


 こんな酷いことは日本人には出来ないことだと思った。おかしい! 何かが狂っているぞ!と思った。
 日本の政界、霞ヶ関、財界、法曹界、自衛隊、警察は殆ど何らかの形でアメリカの影響下に置かれているらしい。それは敗戦後の占領時代と変わっていないのではないか?と思った。戦後の様々な政治的事件である程度は知ってはいたのだが、それを遥かに超えているようであった。
 野田首相は原発再稼働、増税、TPP推進を強行しようとしている。80%近い人々が反対して、あの事故以後連日未曾有の市民デモが国会を取り巻いているにもかかわらずである。民主党からの離党者が続出し、総選挙での惨敗必死で自身の議席すら危ぶまれている。まさに自殺的行為に見える。これは普通の感覚では理解できない。アメリカの存在があって初めて納得できる。アメリカは経済的な余裕を失って、あからさまに支配を強行しようとし始めたのだろう。
 民主主義では言論の自由があり選挙で民意が反映できる制度である。だからその国を支配するにはマスコミを支配して国民を洗脳し、選挙によって都合の良い政府を作らなければならない。日本のマスコミはアメリカの日本支配の道具になってしまっている。
 その惨状に気付くきっかけになったのはリチャード・コシミズ氏の講演会のユーチューブである。
「イラク派遣の自衛隊員が35人の死者を出したのを知っていますか?」
驚いて調べると事実であった。2007年の国会で、社民党の照屋議員の質疑に福田首相がそれを認めて答弁している。正式な議事録も政府の答弁書も存在する。これを私の周囲の10人ほどに聞いてみた。全員知らなかった。この重大な事実をマスコミは全く報道をしていなかったのだ。しかも帰国自衛隊員や遺族にも厳重な箝口令が出されていたのだろう。
 最近話題の「戦後史の正体」に日本のアメリカ支配の有様が見事に書かれていた。著者の孫崎享氏は外務省情報局長の経歴の方である。そこに書かれているのはまさに属国日本の惨めな姿でった。
 占領期はマッカーサー司令部が絶大な権力で日本を支配したのは誰もが承知していたからまだ良い。しかし今の日本は民主主義で言論の自由があり選挙で議員を選べる独立国になっているのだが、その実態は占領期と変わらぬアメリカの支配下に置かれていて、巧妙に隠蔽され偽装されている。そして同胞が団結できないように仕組まれている。マスコミがその支配のための最も有効なツールとなっているのだ。今の日本のマスコミを信じてはいけない。マスコミが批判する政治家こそが私たちのためになる人だと思う。
 アメリカは世界中に700ヶ所以上の基地を持ち、そこに常時25万の兵士を派兵している。世界の年間軍事費は140兆円だが、アメリカ一国で60兆円の軍事費を使っているという。まさに巨大な軍事帝国なのである。そして政治的圧力や陰険な策略で富を奪っていき、それがだめなら戦争を仕掛けるのだ。属国日本はどうすればこの頸城から脱却できるのか、途方に暮れてしまう。
 アメリカの手先になっている日本人を、一人一人丹念に調べて排除する。そして国民は団結して粘り強く、他の多くの被圧迫国と協力して対処することだと思う。勇気を奮って誇り高き真の独立国日本を今こそ取り戻そう。
それにはマスコミの浄化が最も肝心なことだ。今の日本のマスコミは国から公共の電波を割り当てられ、その特権を利用して日本国民を裏切っている。まさに売国的であると思う。日本国民のために真実を報道してくれるマスコミをまずは作らなければいけない。







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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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