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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.129 巡り会わせ

刑部人作品 「奈良」 刑部人 SM


 浦和在住のF氏は若い頃から絵が好きで、展覧会は無論のこと画廊や古美術商をよく訪れていたという。昭和40年頃に近所の骨董屋の店頭に無造作に積まれていた2枚の風景画が目に止った。SMの粗末な板に描かれた奈良の春と冬の絵である。2枚¥5.000でそれを購入した。そして額に入れて飾りもせず、納戸に放り込んで忘れてしまった。
 その後ある都銀の要職に就いて、多忙になり転勤を重ねた。その間に銀行の壁面を飾る絵を購入したのが契機になり、新世紀美術協会の会員である志村定男氏と知り合い懇意になった。
 F氏はある時志村氏に「師匠はどなたですか?」と聞くと「刑部人先生です」と云う。
「おさかべ じん」と聞いて「あれ?」と思って恐る恐る「もしかすると私の家に絵があるかもしれない」というと「そんな馬鹿な、私だって一枚も持っていないんだ!」とにべもない。
 帰宅してくだんの絵のサインを見ると確かに「Jin Osakabe」とサインしてある。早速その絵を持参して志村氏の銀座の個展会場を訪れた。「間違いない。先生の作品だ。私に譲ってくれ!」と言われた。その提示された金額に驚いたという。迷ったけれど結局手元に置くことにした。そして刑部人画伯をよく知ることになったと云う。
 その後F氏は私の兄の勤務する会社に常務として赴任され、その関係で私の個展に毎回来場されるようになった。偶然にも私が当時新世紀美術協会に所属していたので、その2枚の絵が話題になった。テレビの「何でも鑑定団」の様な話であった。
 刑部人は芸大で学び若くして日展で活躍され、その審査員に就任していた。新世紀美術協会の創立初期に参加されて長らく後進を指導された。それを記念して新世紀展では刑部賞が設けられている。絵仲間に指導を受けた人、絵の具持ちをしていた人もいる。
 私も新世紀美術協会に参加してから、刑部人画伯とその作品を画集で知った。自然の美を正面から描いた気品のある美しい絵であった。粗いタッチで細部は描いていないのだが、細部と雰囲気を見事に描き出している。ナイフで油彩の魅力を最大限に引き出していた。
 本物の作品に初めて接したのは、大分経ってからだ。新富町の東京絵画愛好会と云うクラブに指導に行った帰りに、生徒に誘われて立ち寄った日本橋高島屋でのことであった。日本人の物故作家のオークションであったと思う。新緑の雑木林の20号程の絵だった。自然で優しげで瑞々しい。そして気負いや衒いを微塵も感じさせない。描いてないようで余すところなく描いている。一目で魅了された。
 最近そのF氏から私に申し出があった。高齢になって身辺の整理をするので、あの絵を私に譲りたいと云うのだった。散逸してしまったり、縁もゆかりもない人に渡すのも残念だからというのであった。そしてつい最近、川越で名物のうな重に舌鼓を打ちながら長話をして、私の手元にその絵が渡されたのである。不思議な巡り合わせだと思う。
冒頭の絵がその作品である。



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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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