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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

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No.110 人も自然




 自然保護という言葉は好きではない。保護したり育てたりする、という傲慢さがある。人は特別な存在として別枠になっている。
 人類は自然の一部である。地球上に繁栄して異常に増殖した生物の一種だ。単一種だけが異常増殖する例は過去にも多い。イナゴや鼠の例は良く知られている。異常増殖はその後の絶滅や急速な衰退の前兆でもある。人類もそうなるのだろう。全地球を覆うこれほど迄に極端な例は過去にはなかったのではないか?この後どうなるのか、あまり想像したくない。
 人は他の生物の命を犠牲にして生きている。これは紛れもない現実である。「自然保護」という言葉はこの現実から目を逸らせているニュアンスがある。
森林や多くの生物を保護し増殖させる良い方法は、人類を削減することだろう。しかし人類も自然の一員だから、その矛盾は如何ともし難い。
 結局「人の異常繁殖にブレーキをかけて削減し、他の生物の増殖を促す」と云うのが適切だと思う。自然保護を唱える人々が此の矛盾に気付いているかどうか?それが知りたい。それを知ってどうなるのか?と問われても困惑するばかりだけれど。
 しかし気を取り直して、例えば、無理な経済成長は止める、贅沢を慎み、人口を抑制する。穏やかな経済の縮小を甘受する。富の独占を押さえ、支え合い共生する。こうしたことを地球規模で忍耐強く50年~100年単位で継続をする。人類の縮小均衡である。
ここまで自覚しての「自然保護」であればと思うのだが。

 
 つい最近、「ヤノマミ」国分拓著 NHK出版 、「カランバ」高野潤著 理論社 の2冊を読む機会があった。アマゾンの熱帯雨林のジャングルがどういうものか、そしてそこで人が生きることがどんなに過酷なものか、ということを身を以て体験した人のドキュメンタリーである。
 此の双方に共通しているのは、ここでは人は膨大な多種多様な生物の極一部でしかなく、その食物連鎖の中で食べて食べられて循環していると云う現実である。ちょっとの不注意は即死に直結する。しかしその死はまた他の生物の命の元になる。
 
 正に人が自然の一部として生きている。恐ろしいのだけれど、なぜか無性に郷愁をそそられる世界である。





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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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