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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.101 ロマンチシズム

 
 ロマンチシズムを広辞苑を引くと「夢や空想の世界にあこがれ、現実を逃避し甘い情緒や鑑賞を好む傾向」とある。どちらかというと揶揄的な感じがする。「彼はロマンチストだからな」と言うのも同じだ。
 現実の世界はたしかに過酷で厳しい。弱肉強食である。極端な例だけれど、ちなみに応仁の乱以後のいわゆる戦国時代の歴史を辿ると、その苛烈さは想像を絶する。絶え間のない戦争による大量殺人はむろん、親、妻子、兄弟の犠牲すら厭わない。権力を握れば、上位討ちと称して殺人すら正当化された。
 近代社会では、全ての人に平等に法律が適応されて、剥き出しの生存競争はなくなって(戦争を除けばだが)穏やかに暮らせるようになった。しかし、制限されて穏やかではあるが、厳しい競争があるのは同じだ。
 この数十年間で、近所の活気のあった商店街は様変わりした。いわゆるシャッター街になってしまった。その原因は大資本を持ったスーパーマーケット、コンビニ、外食産業が津々浦々まで急速に進出したからだ。個人商店や小資本では勝負にならない。自然淘汰と言うのかも知れないが、弱者には厳しいものだ。失業者やホームレス、自殺者も増えている。
 しかし厳しい現実の泥沼でのたうちながらも、それでもなお人は、ささやかな夢を見て、希望を抱き、美しい幻想に憧れる。それも疑いのない現実なのだ。人はロマンなくしては生きて行けない。


   水たまり     高野喜久男

轍のくぼみ 小さな
どこにでもある 水たまり
ぼくらは まさにそれに似ている
流れて行く めあてはなくて
埋めるものも 更にない
どこにでもある みずたまり

ぼくらの深さ それは泥の深さだ
ぼくらの言葉 それは泥の言葉だ
泥のちぎり 泥のだんらん 泥のうなずき
泥の e t c

しかし
ぼくらにしても いのちはないか
空に向かう いのちはないか
あの水たまりの にごった水が
空をうつそうと する程の
ささやかな しかしいちずな いのちはない
 か
うつした空の 青さのように
澄もうと苦しむ 小さなこころ
うつした空の 高さのままに
在ろうと苦しむ 小さな心


 


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No.100 記憶喪失

 年末久し振りに、私のホームページにアクセスしたが、「そのホームページは存在しません」というようなコメントが出る。何度試しても同じであった。突然跡形もなく消えてしまったようだ。どうしたのだろうと、数日様子を見たのだけれど、変わりはなかった。このところ放置したままで無関心であったのだが、こうなってみると、次第に不安になってうろたえ出した。どうしよう?もう2度と作り直すことは出来ない。
 掲載されている作品のいくつかは既に手元になく、画像も残っていない。バックアップもしていない。このセンスの良いホームページは、30年前に世話になった知人で、今はメキシコ在住の方が無償で作ってくれた貴重なものだ。その経緯は以前にこのブログに書いた。
 どうしたのだろうと、原因をいろいろ考えた。その結果ようやく思いついたことがあった。一年程以前に契約している会社の合併で、メールアドレスの変更があり、ホームページのホスト会社にそれを通知していないのではないかと思い至った。年間維持費の請求がメールで来るので、それを毎年振り込んでいたのだ。そう言えば最近暫く支払った記憶がない。つまりは支払いがないので、契約切れになって消去されたと言う訳である。

 それが明らかになって、もう諦めるしかないと思った。しかし何だかやるせなく不安な気持ちは、なかなか収まらなかった。目にも見えない程小さな、砂粒のようなICチップに記録された、幻のような映像である。それが消えてしまっても、別段にどうと言うこともなさそうなのだが、どっこい、この不安とやるせなさはどうだ。これはもしかすると、記憶喪失者の不安なのかも知れないと思った。
 インターネット上には、膨大な数の同じようなホームページがある。ある日、突然襲って来た太陽からの強力な電磁波で、全てが消えてしまったらどうなるのか? やけくそで、SF小説のようなことを考えてみる。う~ん、そうなればインターネットだけではなく、地球上の全てのICの記録が、消えてしまうのだろう。ここまでくると、それは人類の破滅にまで想像が行く。今の文明は、全てあの小さなICチップの上に成り立っているのか?「砂上の楼閣」なんて生易しいものではない。
 私の不安は記憶喪失者の不安である。人は全ての記憶を失ってしまうと、生きて行けないだろう。同じように人類も滅びるしかないかも知れない。
 過去の記憶こそは、個人で言えば人格そのもの、人類で言えば文明そのものなのだろう。生物の太古からの記憶は、遺伝子に記録されているらしい。人類の古代の歴史は、伝説や神話で語り継がれている。その後は紙に文字で記録した。現代では全てあの小さい基板上のICに 1、0 の信号になって記録されているらしい?大丈夫か?と不安になる。
 もう一つSF的に想像すると、人類が滅亡して数万年後に、現代の高度文明の成果はどうなっているのだろうかと思う。ICによって作り上げられた文明の利器(テレビ、携帯電話、自動車、パソコン、飛行機、ロケット、核兵器や原子力発電、それらを支える高度なシステム)は全て腐食し劣化し崩壊して、跡形もなく消えてしまうだろう。
シリコン基板ぐらいは残っているか?これはもう、ただの水晶の板切れでしかないだろう。
 数万年後に又文明を築いた人類がいたとしよう。彼らがこれを発掘をしても、これほど高度な文明があったとは想像もできないだろう。「この水晶の板は、祭殿の壁面を飾るためのものだ」ともっともらしい顔つきで言うだろう。残るとしたら墓石に刻んだ文字か。もちろん解読出来ない。現代文明の成果の飛行機とか携帯電話を絵にして、墓石に刻んでおけば良いのかも知れない。
 そういえば思い出したことがある。マヤであったかインカであったか、宇宙ロケットとしか思えないものが石に刻まれている写真を見た。いまだに論争になっているという。
 ここまで考えると、現代でも解明出来ない古代史の謎も宜なるかなと思う。ストーンヘンジ、マチュピチュと数多くて切りがないが、ピラミッドは代表的なものだ。現代の技術でも不可能な建造物であるという。考古学者は言う「古代の原始的な技術でどうやって作ったのか?」
 私は想像する。古代にも現代と同じような高度な文明が栄えていたのだ。そしてその成果の大部分は風化し崩壊し、その痕跡は跡形もなく消えてしまったのだと。そしてわずかに残されたものが、巨大な岩石やそこに刻まれた文字や絵だけなのかも知れない。
もう一度断っておくと、これは私の幼稚なSFである。

 話は飛躍してしまったが、元に戻そう。私のホームページはその後全て復活した。そのホームページをメンテしてくれたメキシコの知人の息子さんが東京にいる。彼に助けを求めたら、なんとCDにバックアップしてあると言う。そして、契約を更新して再びアップしてくれたのである。生き返ったような気がした。感謝感謝! 
皆さん過去の記憶を大切にしましょう。


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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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