脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

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No.55 忘れ得ぬこと

 大学2年の夏のことだと思うが、混声合唱団の友人の高見君が私を海水浴に誘ってくれた。
「九十九里海岸に友達が夏の家を借りた。いつでも遊び来てくれという。一緒に行かないか?」
私はその高見君の友人を直接知らないので気後れしたが、夏の海が無性に恋しかったので、一緒に行こうと思った。高校2年の春に父が転勤して東京に越して以来、もう4年も夏の海から遠ざかっていた。
 私と弟、父母の4人家族は、大田区の鵜の木の木造アパートの二階に引っ越した。車の往来の多い道路沿いに、上下に四所帯が住むように作られたアパートであった。道路に面した階段を上がると、そこに二階の入り口のドアがあった。トイレは汲取であったから、便が下に落ちる迄数秒の間隔があり、大きな音がした。そのトイレは隣家と隣り合わせで、薄い板一枚で仕切られていた。だから僅かな音までが殆ど筒抜けだった。運悪く隣に人が入ると、じっと息を殺して出るのを待っていた。お隣には年頃の娘が二人いたから、なおさら神経を使った。鉢合わせしないように気をつけていた。部屋を無造作に歩くと「うるさい!」と階下から怒鳴られた。 気晴らしに外に出ても、舗装道路と住宅と簡単な店舗が並ぶばかりで、くつろげる場所は見つからない。引っ越した当座の一年ほどは辛くて、半分ノイローゼであった。
 暫くすると1キロほど先に多摩川の広い河原があることを知り、そこで良く散歩をするようになって随分救われた。銭湯も気分転換になった。
 大学に入った頃には、北区の庭付きの広い一軒家に越した。眼科の医院だった家で診察室と待合室があった。古い家だったけれど落ち着いた雰囲気の家であった。アパートとは雲泥の差で、家にいるとくつろげるようになった。とは言っても内房の広大な砂浜と松林の中で遊び暮らしていた身には、都会の生活は窮屈で気疲れすることに変わりはなかった。夏の海が心から恋しかったが、大貫の家は人に貸してあったし、旅館やホテルに泊まって海水浴に行く程の、経済的余裕はなかった。
 人見知りをする私が高見君の誘いを受けたのは、そう言う事情があったからだ。もう一人やはり混声合唱団の一年先輩の田沢さんも、一緒だったような気がするが、定かではない。
九十九里海岸と言っても広い。そのどの辺だったかも記憶にない。高見君任せで彼の車に乗って行ったからだろう。
 松林に囲まれた漁師の家が夏の家であった。開放的な作りと広い庭先の奇麗な砂地、そこから海迄続く気持ちのよい松林などは、大貫の家を彷彿とさせてくれた。
 朝早くから海岸に出かけた。昼に一旦帰って飯を食べ一時昼寝をして、又午後は海に出かけた。夏の太陽が燦々と降り注ぎ何もかもがギラギラと輝いて、乾燥した心地良い空気が辺り一面に満ちていた。夜は八畳間に蚊帳を吊って雑魚寝をした。戸は開け放したままで、潮騒が遠くに聞こえていた。ああこのままいつまでもここで暮らしたいと思った。
 三食共自炊だったのか昼だけだったのか記憶にないが、庭先の竃で薪を燃やしてお釜で飯を炊いた。
 ある日オーナーが「今日は鯵のたたきを作ろう。ネギとショウガ、それと浜で小鯵を買ってきて」という。私は浜に小鯵を買いに行った。10時頃に漁を終えた船が何艘も次々に帰ってきて、漁師達は待っていた女将さん達と、力を合わせて船を砂浜に引き上げる。やがて取れた魚を降ろしリヤカーに積み込見始めた。そこで買い物篭一杯の小鯵を買った。まだみんな生きていた。
 帰ると庭先の竃でもう既に飯炊きが始まっていた。オーナーはネギとショウガを刻み、小鯵を手際良くさばいた。頭も骨もそのままだったような気がする。庭先に据えた大きな俎板の上で、両手に持った二本の出刃包丁で、鯵をリズミカルにトントンと刻んだ。形の見えなくなる迄、次々に根気よく叩いて行った。やがてそこに刻んだネギとショウガを入れて、又叩く。そうしてドロドロになったものを大きな桶に入れて、そこへ醤油を注いで杓文字でよくかき混ぜた。どす黒いネズミ色の猫の反吐のような、グロテスクなものが出来上がった。
 その頃には飯も炊き上がって、その熱々の飯をどんぶりに装い、その上からお玉杓子でその反吐を盛大に掛けた。酷い見栄えに恐る恐る食ってみたが、何と旨かったことか。炎天の庭さきで車座になって無我夢中で貪るように食った。何杯もお変わりをした。 あんな旨いものはそれ以後食べたことはない。今でも忘れられない。以前書いた白馬山の即席ラーメンもそうだったが、それに勝る体験であった

 これが本物の鯵のたたきだと随分後に知った。漁師達が地元で昔から作っていた本場の料理である。今の小料理屋の鯵のたたきはまるで別物である。
 その後ある本で知ったが、そのヘドロのような鯵のたたきを冷たい水に溶いて飲むとこれも旨いと言う。館山の漁師達が冷や汁といって、よく飲むのだそうである。
 その本は本棚をいくら探しても見つからない。著者は元新聞記者で館山湾の漁師町に移住して、結局漁師になった人であったが、残念だけれどそれ以上は思い出せない。


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No.54 「座礁船」出版

   座礁船カバー

    脇 昌彦 著
    四六判/上製/160頁
    1300円(税込)
    ISBN4-8096-7562-1
    東洋出版社


 このブログで書いた小説「座礁船」が2月20日に東洋出版社から出版されることになった。しかしこれまでの道のりは平坦でなく問題は幾つもあり紆余曲折の末にやっとたどり着いた感じがする。
 第一の問題はこれが出版に値するかどうか、第二には資金不足、第三は新風舎倒産に象徴される自費出版に対する不信である。
 最初の出版に値するかどうかは、自分では未だによく分からない。これは読んでくださる方がどう感じるかにかかっていて今はまったく自信はない。しかし終戦後の貧しかったけれど底抜けに明るい幼少期の煌めくような思いを、どうしても描いておきたいという強い思いが私の中にあったのは確かだった。ブログに載せることも、ましてや出版することなどは全く考えもせずに書き始めたが、次第に熱中していつの間にか90枚程の分量になっていた。書き終えてから思い付きでこのブログに連載した。この時は台風で座礁した米軍の輸送船が離岸して去って行くところで終わりであった。
 すると「メキシコ移民の独り言」のブログのオーナーの丹羽さんから「その続きはどうなるんですか?気になってしょうがないです」というコメントを頂き、それがきっかけになって今度は後半を書き継いで、結局160枚の作品に仕上げてここに載せた。これだけ書いてみると愛着も強くなり多くの方に読んでもらいたいという気持ちが湧いて、結局出版をしようと思い立ったのである。
 そして25年来の私の友人の天文時計アストロデアの開発者として名高い上原秀夫さんと奥様の物心両面での支援を頂いて第二の問題もクリア出来た。
 最後の第三の問題は、東洋出版社が原稿を厳選して良い本を作るという真摯な会社であって、心配は全くの杞憂であることが分かりすぐに解消した。私の拙い文章は出版社の担当者及び編集長自らの5度にも及ぶ念入りな校正を頂き、見違えるような見事な文章に変身をした。そしてようやく今回ここに出版の運びとなったのである。
 紆余曲折はあったが結果を見ると、このブログに最初に連載されたものに比較すると、内容も表現も格段に充実して私の期待を越えるものになっていると思う。
 小説「座礁船」は第一に上原秀夫御夫妻、そしてメキシコ移民の丹羽さん、相談に乗って助言くださった大学の同窓の友人、絵仲間、そして何より東洋出版社編集部の方々などの多くの方々に支えられて、ようやくここに出版が実現した。このブログを借りて深く御礼を申し上げます。そしてその他の多くの方々にも、是非読んでいただきたいと切に希望しております。



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No.53 夢の中へ

椿と石碑のある風景
「椿と石碑のある風景」F8

 一昨年の五月晴れの日だった。サンドイッチと珈琲を持ってスケッチに出かけた。東秩父の槻川上流の部落は、のどかで暖かい薫風がそよいでいた。民家の上に鯉幟が泳いでいる。ヒバリが高い空にさえずっていた。槻川はきらきらと陽をはじきながら流れている。小さなお堂があってそこに数十基の墓と石碑があった。傍らに一本の椿があり花が群れ咲いている。淡い新緑に彩られた山肌は恥じらう少女のようだ。
 石碑に刻まれた文字は風化して、何が書いてあるのか分からない。せめて何時頃作られたのか知りたかったが駄目だった。数百年以上前からここにあったのだろう。
 何故か訳もなく懐かしく、心地良くうっとりとして長い間そこに佇んでいた。戻るべき故郷がここにあるという思いがした。幼い頃の故郷の内房で過ごした充足した日々も同じだった。
 青年期、壮年期に悩み迷い必死で追い求めた幻がすべて消えて、今は美しい自然の中に同化し陶然とする気分だけが唯一の夢として残されている。これ以上に魅惑的なものはないと思う。だから季節ごとの美しいこの夢に浸りたくて、毎日あくせくと働いている。
 漸く気を取り直してここにイーゼルを立てこの絵を描いた。

井上陽水のヒット曲の「夢の中へ」の最後のフレーズはこうなっている。

探しものは何ですか?
まだまだ探すつもりですか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか? 


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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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