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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.42 夢まぼろし

 人が一番大切に思うことは何だろう?これをよく考えると案外難しい。人それぞれだから。そして同じ人でも時により変わってしまう。
 戦後の食糧難の時は簡単だった。みんな食い物が一番だった。それから少し経つとテレビと洗濯機と炊飯器、いわゆる三種の神器であった。そして、その後は自家用自動車やオートバイになった。それ以後は豊かになって価値観が多様化して、共通のものを探すのが難しい。強いて言えば、昔から変わることのないお金や地位や学歴なのかもしれない。お金は何にでも替えうるから、どんなに価値観が多様化しても誰もが共通して大切にする。
 しかしお金が価値を持つのは、それを使った時である。使わずに貯めておいたのでは、単なる架空の数字でしかない。使わなければ何の価値もない。お金を際限なく再投資して、儲けることばかりに狂奔し続ける人は、儲けること自体を楽しんでいる。いつかそのお金を使おうと思っているのだろうけれど、大概は又再投資をする。一種の中毒なのかもしれない。地位や肩書きは少し違って自尊心やプライドを満足させてくれる。しかしこれは他人と比較をして初めて意味をなす。だから上には上があり際限がない。お金や地位や肩書きはそれ自体に何の価値もない。食べられないし、たとえ食べてもおいしくない。気持ち良くもない。その上誇らしげに自慢すると人に嫌われる。
 なにか自分の実現したいことがあって、そのためにお金を儲けてそれを使う、あるいは地位や肩書きを得てそれを利用するのは良いと思う。お金や地位や肩書きが価値を生むのはそういう時だ。その利用の仕方でその人の価値観が判る。しかしその先は人それぞれに価値観が違っていて、やはり難しい。
 結局話は振り出しに戻ってしまった。何を言いたいかというと、お金や地位や肩書きは議論の外だということなのである。

 私は美しい自然の中に浸って、光を浴び風に吹かれながらそれを描いている。微妙な雰囲気や色彩や香りを味わう。自然は例えようもなく美しい。良い絵を描けるとさらに嬉しい。そして行く先々で旬の新鮮な物を食べる。美味しいと思う。時折自分の作品を展示して、その中でそれらの思い出に浸る。記憶が甦って、二十年前三十年前のことを手に取るように思い出す。
 幼少期のキラキラした思い出、青春時代の切なくほろ苦い想い、多くの友人とのデリケートな感情の交流を思い出す。それらはみな夢まぼろしのようなものだけれど、私が最も大切にしているものなのだ。夢まぼろしこそがひょっとすると、すべてなのだと思ったりする。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば夢まぼろしのごとくなり」



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No.41 浦島太郎

紅葉の神戸岩
 

 このブログの記事を書くのは昨年の3月以来である。その間に様々なことがあり、ちょうど9ヶ月間休んでいた。10年近く経ったような気がする。私自身がずいぶん変わってしまった。知人が何人も亡くなった。原油が高騰してインフレの足音が聞こえてくる。私を取り巻く環境も大きく変わってしまっている。
 「浦島太郎」の話は奥が深い。「一炊の夢」の話もそうだ。荒唐無稽な話とは思えない。客観的な時間と体感時間のギャップということではどちらも同じである。
 青春時代はつい今しがたと思っていたが、気がつくとすでに老境にさしかかっている。
「人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢まぼろしのごとくなり」
 この台詞に妙に身につまされる昨今である。
 最近やっと落ち着いて、ブログを思い出した。記事の書き方を忘れている。書き方の形式も、更新されていて苦戦する。写真の入れ方が判らない。一度書いた記事を操作ミスで消してしまい、この記事はあらためて書いた。
 季節はいつの間にか秋の終わりである。冒頭の絵は11月18日に秋川上流の神戸岩で描いた絵である。


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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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