脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

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No.36 神はいるか?

 神はいるか?なんとも厄介な問いかけである。
私は神を一度も見たことがないし、いると思ったこともない。すくなくとも信じているならば、心の中に実在していると言えるのだけれど、その経験もない。
 しかし人々は古来からその存在を信じていた。だから世界中に神が溢れている。代表的な神を拾ってみる。
 例えば日本に馴染みの深いヒンドゥー教。これはインドの宗教と云う意味で、インド古来の多くの宗教の総称という。だからそこにはありとあらゆる神がいる。その神々の多くが密教とともに日本に伝来して、形や名前を変えて日本の神になっている。帝釈天、水天宮の水天様、閻魔様、弁財天、毘沙門天、馬頭観音、それになんと、お稲荷様までヒンドゥー教由来の神様と云われている。仏陀もその中に含まれる。日本の古来の神々も又多い。イザナギノミコト、イザナミノミコト、アマテラスオオミカミ、オオクニヌシノミコトなど、古事記に登場する神々だけでも数え上げれば切りがない。ギリシャには人間臭い多くの神々がいる。ゼウスにアポロン、エロス、ヘルメス、ポセイドンなど、良く知られている。その他世界中の多くの民族の神々は呆れる程多くあって枚挙の暇がない。
 古代の人々は自然界の太陽、月、海、森や木、山や川に依存して生きていること、そしてその大自然の豊穣さと過酷さ、不思議さを良く知っていた。だからそれらを畏敬してその各々に神々が宿っていると人々は考えたのだと思う。いわゆる自然神だ。
 時代を下ると少しづつ様相が変化してくる。キリスト教、回教、仏教が相次いで誕生して、それらは明解な教義や哲学を持ち、ある一つの方向に人々を教化するものであった。
 キリストは神の子であり、救世主といわれているが、イエス自身が自らを神と主張していたのかどうか?イエスはメシアと呼ばれているが語源は「油を注がれしもの」すなわち「王」「祭司」「予言者」を意味する言葉であると云う。だからイエスは自身を神に仕える人と認識していたのではないか。キリスト教から初期の頃に分派したアリウス派は、キリストは人であるという前提に立っていたので、異端とされ今は殆ど消えてしまったと云う。ユダヤ教は絶対神ヤハウェを前提とする。マホメットは唯一の絶対神アラーの予言者である。いずれも絶対的な神を前提とする宗教である。
 しかし仏教は大分違っている。仏陀は人であり修行する哲学者であった。自身を神と云ったこともないし、絶対的な神の存在を認めてもいなかったと思う。自分自身や世界をどう認識し身を処すれば、悩みや苦しみから解脱できるか。それを実践することによって全ての人が救われるという方法論を語っている。因縁による相対的な価値観を特徴としていて、絶対的な神の教えに服従するというキリスト教や回教、ユダヤ教とは根本的に違っている。又不可思議なものを単純に敬い神とする原始的な宗教とも違っている。しかし人々は神が好きだから、時代を下るにつれてイエスもマホメットも仏陀も皆神に祭り上げられてしまった。
 誰の言葉か忘れてしまったが、「人間は自由が大嫌いだ」と云ったらしい。実に多くの人々が神にひれ伏し、その下僕となっている様を見てそう云ったのだと云う。その気持ちもいくぶん判らないではない。神や支配者に従って生きるのは、責任がなく気楽である。逆に自由に生きることは、全ての結果の責任を自らが負うということであって大変だ。
しかし物事はそんなに単純ではないと思う。一方では「人間は自由が大好きだ」とも言えるようだから。
 私にとっての神はどうか?勿論現代語訳、解説書を読むしかないのだが、ヒンドゥー教や仏教の教典は大好きである。しかしそこに神を見ている訳ではない。そこにある深い哲学、世界観に惹かれているだけである。

 絵を描きに出かけて時折遭遇する自然の荘厳さや美しさに、呆然と我を忘れてしまうことがある。言葉もなく絵筆を投げ捨てて見とれている。それほど迄になぜ魅了されるのか?実に不思議で理由は判らない。
 科学の進歩はめざましく、大宇宙の成り立ちや寿命、ビッグバン、ブラックホールなどが解明されて、他方ではミクロの物質の様々な機構が明らかになって来ている。生物学の世界では遺伝子の研究が急速に進んで、生物の進化の過程が解明されつつあり、それを操作して様々な種の改変が人工的に行われるようになって来ている。その急速な進歩は驚くばかりである。
 しかし門外漢ながらその経過を辿ってみていると、天才達によって多くの謎が解明されても、その先に更に多くの新たな謎が、途方もなく広がっていることに気付く。限りのないイタチごっこだ。
 それに私の昔からの幼稚で素朴な疑問もいまだに誰も説明してくれてない。月は地球と遠心力と引力で釣り合って回転していて、落ちてこないと云うけれど、引力って何だ?遠心力って何だ?重力も不思議だ。100キログラムの石は何万年立っても100キログラムの重さで地面を押している。
更に判らないのは磁力である。私の家の冷蔵庫に15年も前に強力な永久磁石を会社から持ち帰ってくっ付けてある。うんしょっと剥がさなければならない程強力で、メモ等を随分沢山挟んでも平気だ。不思議なのは15年もの間、数キロの力で冷蔵庫にへばり付いていて、それでもいっこうに草臥れもしないし弱ってもいない。外から何もエネルギーを補給していないのにだ!この疑問に誰も答えてくれない。
もっと云えば、この私が野菜や魚や芋や豆を食って生きていて、馬鹿なことを書いたりしているのだってどうしてだと思う。あれやこれや考えると、身の回りは全て謎だらけだと思う。
 そんな時私はふと人知の彼方の自然神の存在を思うことがある。古代人も同じ心理だったのかも知れない。神の仕業としか言い様がない不可思議が溢れている。神はいるのか?



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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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