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脇昌彦の水彩絵日記

折々に思い感じたことを記した絵日記

No.33 私の絵画体験

 35年も前のことになるのかもしれない。大学の教養課程の西洋美術史を受講した。そのレポートの為に、ちょうど芝高輪プリンスホテル(?)で開催されていたサルバドール、ダリ展を見た。その時の感動は今も良く記憶している。空中に浮かぶ奇妙な馬、内臓を曝した中世の騎士、ワイングラスやパンや果物、荒涼とした大地などが驚く程リアルに描かれていた。それらが現実の世界ではあり得ない形や組み合わせで、緻密な画面の中で不思議な世界を作っていた。溶けた時計の絵もあった。暗い室内の食卓に置かれたワインボトルとグラス、そして切り取られたパンがそこに実在しているかのごとく描かれていて、思わず指で触れてみたい衝動に駆られた。ダリの不思議な世界に感動したのは勿論だったのだけれど、それ以上に房州の海辺の田舎町で育った私が、初めて目の当たりにした本物の油絵に接した感動の方が大きかったかも知れない。
その後何冊かの本を読んで「シュールレアリスムとダダイズム」をテーマとしたレポートを書いた。何を書いたのか全く記憶にないけれど、大部分は読み齧った本の引き写しであったと思う。その後何年後か?国立近代美術館で開催された「ピカソ展」を見た。近代美術館が京橋にあった頃のことだと思う。これも良く印象に残っている。
 結局私の絵画体験はこの二人の前衛絵画であった。その後長い間私は絵画への感心を持つことなく過ごしていた。ようやく15年程して復活した絵画への関わりは、自ら描くと云うことで始まった。なぜそういうことになったのか、思い返すと自分でも不思議だと思う。
 その後は勉強の為に良く美術館や回顧展、画廊を見て回った。今度は一転して写実的な具象画ばかりを見て回った。絵の基本は、物の形や質感を的確に早く描く技術だと思ったからだ。描いて描いてそして良い絵を見て学ぶ。やがてその学んだ技術で何を描くか、それが大きな課題になった。
人は多様である。一人の人の内面でさえ多様で複雑で、時と状況に応じて目まぐるしく変化する。幸福や不幸であり続ける人はいない。喜びや苦悩は交互に訪れる。被害者であったり加害者であったりする。優しかったり残酷だったりもする。気高かくもあり、卑劣でもある。泥水も澄んで美しい空を写すこともある。不可思議な空想に浸ることもある。
 一枚の絵でその全てを表現するのか、美しい感動や幸福感を描くのか、苦悩や不安や不幸を描くのか?現代絵画では暗い虚無感や不幸や苦悩や残酷さを描くことが多い。それは人の圧倒的な半面の暗い真実の表現である。
私は悩んだ末にもう一方の明るい半面を描くことにした。美しい自然や、そこからもたらされる幸福な気分を選択したのだ。苦悩や不安や恐れや汚辱は現実の世界で辟易しているのだから。苦悩に被われた人生を送る人も、片時の幸福と快楽に涙することもあるだろう。
自然の風景がもたらす単純で静かで美しい感動や、幸福感を描きたいと思ったのだ。描かれた風景の中にいつまでも佇んでいたくなるような絵を描きたいと思う。
それが何処迄描けているのか、心もとないけれども。




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プロフィール

脇 昌彦

Author:脇 昌彦
水彩画廊 suisaiga.jpを是非御覧ください。



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